賭け麻雀の良し悪し

法律違反と言えども賭け麻雀は至るところで行われていて、レートもほどほどであれば黙認されているのが現状です。

なぜ違反にもかかわらず広く行われているのか、黙認されているのかというと理由はいくつも考えられますが、大きなものとしては多少のギャンブル要素があったほうが面白いことと、大事件に発展するほど大金が動くわけでもないので黙認されているというものがあげられます。

麻雀は金銭のやりとりがなくても十分に楽しいものですが、そこに僅かであっても金銭のやりとりがあれば、更にスリリングに楽しむことができます。

動く金額にしても一般人が打つレートであれば身を持ち崩すようなことになるわけではなく、社会的に問題になるほどの大金が動くわけでもないため、警察も見て見ぬ振りをしているというわけです。

法律違反である以上は堂々とするわけには行かないものの、それなりに利点もあることから、実質的にはギャンブルであるものの捕まることはないという状況になっています。

法律の面を抜かした場合の功罪ですが、ひとつは先ほども挙げたようにゲームをより楽しくすることができる、スパイスとして扱うことができるという点です。

勝てばそれなりに見返りがあり、負ければ痛手があるとなれば真剣味が増しますし、元のゲーム性もあってスリルが増すことになります。

真剣味が増すということは、それだけいい加減な打牌をすることが減るのでゲームが締まるという利点もあります。

もちろん、お金がかかっていても自棄になって暴牌を打つこともありますが、その場合には損をするのはその人だけで、周りの人はゲームを壊された代わりに金銭的な報酬の面ではプラスになっていることで、ある程度許容をすることができます。

このように麻雀において賭けの要素は、ゲームをより面白くする働きを持っていることから、ギャンブルをしたい人だけでなくゲームをより楽しみたいと思っている人からも支持をされているので、広く一般的に行われていると言えるでしょう。

しかし、その一方でマイナスになる要素があるのも事実です。

お金がかかると人間関係がぎくしゃくしてしまうこともあり、せっかく楽しいゲームも金銭が絡んだことでつまらなくなってしまう側面もあります。

賭けることで暴牌の抑制ができる一方で、本来であれば切るべき牌が切れなくなってしまう問題点も無視できません。

麻雀は時には危険をおかして勝負をしなければならない局面もあるわけですが、その判断基準が金銭的な損得になってしまうとゲームを壊してしまうことになります。

賭け麻雀は功罪相半ばと言ったところで、良くなる面もあれば悪くなる面もあるということを覚えておきましょう。

一般的にはメリットのほうが大きいと思われていることから、賭けることが普通になっているのが現状だと言えます。

どちらを選ぶかは個人の考え方次第なので、良し悪しをよく理解した上で個人の好みで選んでみるのが良いでしょう。

ツモは麻雀においてあがる一歩手前の状態です。人生でもそんな一瞬があってもいいですよね。